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02_6 隠し事 樹side

last update Last Updated: 2025-06-01 04:09:45

「姫乃さんって単純。わかりやすい」

「か、からかわないでっ」

笑えば、姫乃さんは顔を真赤にしながら目を潤ませた。瞬間、後悔の念に苛まれた。

姫乃さんは会社の先輩なんだった。

失礼にも程があるかも。

「……すみません、意地悪言って。姫乃さん可愛いから。じゃあ、大人しく帰ります」

反省。猛省。

姫乃さんは会社の先輩で、みんなの癒やしの女神で。そんな崇高な存在に、なぜこんなにも構いたくなるのだろう。

しん、と気まずい空気が流れた。俺の言動がそうさせたのだから、本当に申し訳ない。

そのまますぐにマンションに着いた。カツ丼は姫乃さんに渡そう、そう思って姫乃さんにもう一度向き合う。と――。

「大野くん、ご飯一緒に食べ……」

「樹! 今日泊めてよー」

姫乃さんの言葉に被せて、元気いっぱいな声。そして突然腕が絡み取られる。

……は?

嫌な予感がしてそちらを見やれば、見知った顔。

「私もカツ丼食べたい! 2つあるじゃん」

遠慮のない、ガサツな言動。俺の妹、なぎさ。

なんで今ここに現れるのか、気まずいに気まずいを重ねるなよ。

俺はさっと袋を避けつつ、「これは姫乃さんのだから」と堅守する。そんな俺達のやりとりを怪訝な目で見る姫乃さん。

「あ、えーっと、よければどうぞ」

そしてすごすごと引き下がる。

俺はなぎさを睨む。やばいと思ったのか、なぎさは口パクでごめんと言った。そしてなぎさは姫乃さんの袖をむんずと掴んだ。

「ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて」

「いいのいいの。二人で食べて」

「ダメです。もしかしてお兄ちゃんの彼女ですか?」

「えっ、かっ、えっ?!」

姫乃さんがなぎさと俺を交互に見ながら、慌てふためいた。わずかに頬を赤らめる、その仕草はまるでウブ。そんな動揺することでもないと思うのだが。

「会社の先輩だよ」

一応訂正しておく。なぎさは何故だかガッカリした表情をした。

なんでだよ。ていうか、お前、態度が顔に出過ぎだろう。

「妹のなぎさです」

ちゃっかり自己紹介もして、二人でやんややんやとかつ丼の押し付け合いをしている。てか、マジでなぎさ、帰れよ。かつ丼は俺と姫乃さんのだ。

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  • 強引な後輩は年上彼女を甘やかす   03_2 しょうがないな 姫乃side

    大野くんの部屋は三階で、室内は物もあまりなく家具もとてもシンプルなデザインだった。男の人の部屋へ入るのは初めてで、少し緊張してしまう。ていうか、テーブルを前にして正座をしている状態だ。少しどころかかなり緊張している。当たり前だけど自分の部屋とは違う。本棚には、難しそうなネットワーク関係の参考書や情報処理の本が並ぶ。勉強家なのかな、と思った。キッチンでは大野くんがフライパンを振っている。今日は市販品ではなく、大野くんが作ってくれるらしい。私はそれをぼーっと見ていた。何か手伝うと言ったけれど、座っててとここに押し込められたのだ。意外と手際がいいんだな、と思ったりして。いつも自炊しているのだろうか。やがて、目の前に湯気の立ち上るチャーハンと餃子が差し出された。美味しそうな香りが部屋いっぱいに漂う。「すごい、大野くん料理男子だね」「今時の男は作れて当たり前でしょ?」「そうなの? しっかりしてると思う」感心しながら、手を合わせていただきますをする。チャーハンは醤油ベースで香ばしさがあり、とても美味しい。ほっぺたが落ちないように、思わず頬に手を添えてしまうほど。「姫乃さんがぼんやりしすぎ」言われて、ドキンと胸が大きく高鳴った。そんなことを言われたのは初めてだったからだ。ドキドキと鼓動が速くなる。「私、ぼんやりしてる?」恐る恐る聞くと、大野くんはチャーハンを食べながら大きく頷いた。当然でしょと言わんばかりの視線に、思わず頬が緩む。「うわー。初めて言われた。なんか嬉しい」「変なの」「だって、まわりのみんなは私を完璧とか高嶺の花とか言うの。全然そんなんじゃないのに、どんどん話が大きくなっていく。私がちゃんと否定できたらいいんだけど、なんかタイミング逃しちゃうっていうか、流されるというか」「そういうところがぼんやりしてるよね」大野くんが冷静に言う。 大野くんにとって、私は高嶺の花でもなんでもなくてただのぼんやりした人に見えているなんて、嬉しいのとちょっと情けなさも相まって苦笑いだ。だけどやっぱり嬉しい。私のことをそういう目で見ない人がいるんだなって。

  • 強引な後輩は年上彼女を甘やかす   03_1 しょうがないな 姫乃side

    別にちゃんと約束したわけじゃない。 だけど一応約束、なんだよね。昨日、大野くんと夕食を共にした。『じゃあ毎日一緒に食べましょう』あの言葉は本気だったのだろうか。ずっと頭の中をぐるぐるしている。 仕事中も気になって、何度も大野くんをチラ見してしまう私はどうかしている。当の大野くんはいつも通りクールに仕事をこなしていて、気にしているのは私だけみたい。こんなにソワソワしてしまうなんて、大野くんと一緒にご飯を食べることを期待しているからなのだろうか。確かに昨日は一緒に食べてとても楽しかった。 でもそれはなぎさちゃんもいたからで。大野くんと二人っきりでご飯を食べるだなんて、まるで恋人みたい……。そこまで考えて、私は慌てて頭をブンブンと振った。 何を考えているの、私ったら。思考、飛びすぎ。「姫ちゃんどうしたの?」「な、ななな何でもないです!」通りすがりの祥子さんに怪訝な顔で覗き込まれ、私は更に頭をブンブンと振った。落ち着こう、仕事に集中しなくちゃ。頭を切り替えて仕事に集中。 その後、今度は集中しすぎて、気づいたら終業時間を越えていた。「姫乃さん、何時までやります?」「え? あっ! もう定時越えてる?!」大野くんに話しかけられてようやく気付く始末。間抜けすぎる……。 ポカンと大野くんを見上げると、大野くんは笑いを堪えている。「今日は俺の家で」「あの……」「夕飯。一緒に食べよ」「う、うん」大野くんと駅で待ち合わせをして、そのまま一緒に帰った。 やはり、夢でも冗談でもないらしい。

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  • 強引な後輩は年上彼女を甘やかす   02_6 隠し事 樹side

    「姫乃さんって単純。わかりやすい」「か、からかわないでっ」笑えば、姫乃さんは顔を真赤にしながら目を潤ませた。瞬間、後悔の念に苛まれた。姫乃さんは会社の先輩なんだった。 失礼にも程があるかも。「……すみません、意地悪言って。姫乃さん可愛いから。じゃあ、大人しく帰ります」反省。猛省。 姫乃さんは会社の先輩で、みんなの癒やしの女神で。そんな崇高な存在に、なぜこんなにも構いたくなるのだろう。しん、と気まずい空気が流れた。俺の言動がそうさせたのだから、本当に申し訳ない。そのまますぐにマンションに着いた。カツ丼は姫乃さんに渡そう、そう思って姫乃さんにもう一度向き合う。と――。「大野くん、ご飯一緒に食べ……」 「樹! 今日泊めてよー」姫乃さんの言葉に被せて、元気いっぱいな声。そして突然腕が絡み取られる。……は?嫌な予感がしてそちらを見やれば、見知った顔。「私もカツ丼食べたい! 2つあるじゃん」遠慮のない、ガサツな言動。俺の妹、なぎさ。 なんで今ここに現れるのか、気まずいに気まずいを重ねるなよ。 俺はさっと袋を避けつつ、「これは姫乃さんのだから」と堅守する。そんな俺達のやりとりを怪訝な目で見る姫乃さん。「あ、えーっと、よければどうぞ」そしてすごすごと引き下がる。 俺はなぎさを睨む。やばいと思ったのか、なぎさは口パクでごめんと言った。そしてなぎさは姫乃さんの袖をむんずと掴んだ。「ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて」「いいのいいの。二人で食べて」「ダメです。もしかしてお兄ちゃんの彼女ですか?」「えっ、かっ、えっ?!」姫乃さんがなぎさと俺を交互に見ながら、慌てふためいた。わずかに頬を赤らめる、その仕草はまるでウブ。そんな動揺することでもないと思うのだが。「会社の先輩だよ」一応訂正しておく。なぎさは何故だかガッカリした表情をした。 なんでだよ。ていうか、お前、態度が顔に出過ぎだろう。「妹のなぎさです」ちゃっかり自己紹介もして、二人でやんややんやとかつ丼の押し付け合いをしている。てか、マジでなぎさ、帰れよ。かつ丼は俺と姫乃さんのだ。

  • 強引な後輩は年上彼女を甘やかす   02_5 隠し事 樹side

    姫乃さんがワタワタしている間に、さっさと会計も済ませた。ここ数日で、俺は確実に姫乃さんに興味を持っていた。綺麗で気立ての良い、社内の癒やし的存在。そんな風にまわりが持て囃しているのに、俺の目に映る姫乃さんは可愛くてどんくさい女の子なのだ。姫乃さんのほうが年上なのに、そんな言い方は失礼かもしれないけど、何と言ったらいいのか、彼女の本当の姿を暴いてやりたい……なんて思ってしまった。「一緒に食べます?」無意識に、誘っていた。目を瞬せて「えっ?」と困惑しているのがわかったけれど、俺はカツ丼の袋を持って姫乃さんの背を押す。「さ、かえりましょー」いつまでも店内の男共の好奇な目に当てさせたくない。好奇な目で見るのは俺だけでいい。変な独占欲がわいた。姫乃さんはお金を払うだのなんだのと、律儀に財布を出す。奢ると言っても譲らない。うーん、意外と頑固な一面もあるのか。それともただの真面目なのか。しかもカツ丼の袋も持つとか言うし。どうせ同じマンションですぐそこなんだから、俺に持たせときゃいいものを。「一緒に食べてくれたらお金もらいますよ」あまりにもしつこいので、意地悪く言ってやった。きっとまた困った顔をするのかなと思った。なのに――。「そんな。……ん、じゃあ奢ってもらおうかな」完全に拒否られた。どこまで頑固なんだよ。予想外の反応に、こちらが戸惑う。「そんなに俺と食べるの嫌? 彼氏に怒られる?」思ったより強い口調になってしまった。あ、と思ったときには姫乃さんはぐっと口を結んで、困った顔になった。どうしてか、その反応が嬉しくなった。大丈夫だろうか、俺。好きな子に意地悪する小学生みたいじゃないか。いやいや、やめろ。何してんだ。自制する気持ちと裏腹に、口は止まらない。「本当は彼氏いないんでしょ?」すると姫乃さんの顔はみるみるうちに赤く染まり、動揺が激しくなった。いないんだな、彼氏。確信に変わった。姫乃さんに恋人がいないことがわかって嬉しくなる。ひとつ、暴いてやった。

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